About JASDL

Vision

ストリートダンスがメジャー競技と同等に評価される世界を創る

Mission

連盟と大会が「公式スポーツ連盟・大会」として認められること

大会の動員数(量)と熱量(質)を最大化すること

試合・ドキュメンタリーをメディアを通して届けること

連盟概要

会社名
一般社団法人日本アマチュアストリートダンス連盟
Japan Amateur Street Dance League(JASDL)
所在地
〒150-0043
東京都渋谷区道玄坂2-15-1 ノア道玄坂223号室
理事
  • 代表理事 樊 旭
  • 理事 宇津木 啓人
  • 理事 鶴田 怜治
  • 監事 松倉 良平
事業内容
アマチュアストリートダンス選手の登録·管理
競技大会の企画·運営
日本代表の選抜·育成·国際大会への派遣
関連会社
株式会社ストリートダンスマーケティング
主要取引先
株式会社ロッテホールディングス
株式会社ロッテ
Red Bull Japan株式会社
東京冷機工業株式会社
Spotify Japan株式会社
クラシエ株式会社
その他多くの企業様とお取引いただいております
協力団体
北海道学生ダンス連盟spark
東北学生ダンス連盟PENETRATE
北関東大学ダンス連盟 Roar
北陸学生ダンス連盟 WAVE
甲信大学ストリートダンス連盟 S.A.N Rise
ALL JAPAN 東海予選実行委員会
関西大学ストリートダンス連盟 Get Over Kansai
中国大学ダンス連盟
四国大学ストリートダンス連盟 Dance 4 Real
九州大学ストリートダンス連盟 Slip Stream
全日本大学ストリートダンス沖縄連盟 Gale

法人沿革

2014年
第1回 ストリートダンス早慶戦 開催
2015年
東京六大学ストリートダンス連盟 発足
第1回 東京六大学ストリートダンスリーグ戦 開催
ミスカレッジダンサー 初開催
第1回 全日本大学ストリートダンス選手権 開催
2018年
一般社団法人東京六大学ストリートダンス連盟として法人設立
2020年
東都大学ストリートダンス連盟 発足
全日本大学ストリートダンス連盟 発足
法人名を一般社団法人全日本大学ストリートダンス連盟に変更
2022年
味の素株式会社様をプラチナスポンサーに迎え、大会呼称を「味の素株式会社 presents 全日本大学ストリートダンス選手権」、「味の素株式会社 presents ミスカレッジダンサー」に変更
2024年
中華民国ストリートダンス普及協会(所在地:台湾)の主催する大学ストリートダンスワールドカップ"College High World Cup"への日本代表選抜団体として参画が決定。
同年12月、College High World Cupにて初の世界大会優勝に輝く
2025年
大学ストリートダンスワールドカップ"College High World Cup"にて、前年度に続き世界優勝を果たし、二連覇達成
2026年
日本アマチュアストリートダンス連盟 発足
全日本高等学校ストリートダンス連盟 発足
全日本社会人ストリートダンス連盟 発足
法人名を一般社団法人日本アマチュアストリートダンス連盟に変更
株式会社ロッテホールディングス様並びに株式会社ロッテ様をプラチナスポンサーに迎え、大会呼称を「ロッテ presents 全日本大学ストリートダンス選手権」、「ロッテ presents ミスカレッジダンサー」に変更

代表理事

代表理事の写真

樊 旭

Akira Han

1987年福岡県北九州市生まれ。
慶應義塾大学経済学部入学と共にストリートダンスを始める。
在学中に当時最大の大学ストリートダンス全国大会「Dance@live FINAL RIZE side」にて慶應義塾大学として初の日本一に輝く。
同大学卒業後、株式会社リクルートに入社し、総務・人事・広報・経営企画に従事。
退職後、ダンサーとして活動開始。World Dance Colosseum 2017 世界大会出場(POP部門BEST16)、JAPAN DANCE DELIGHT vol.20 FINALISTなどの競技実績を残す。
2014年に全日本大学ストリートダンス連盟の原型にあたる組織と大会を設立し、11年間で年間動員13,000人規模の全日本大学ストリートダンス選手権を構築。
ロッテ、Red Bull、Spotifyなど大手企業のスポンサーシップを獲得し、テレビ朝日との映像協業も実現。
また、台湾にて開催されている大学ストリートダンスワールドカップに向けた日本代表チームのゼネラルマネジャー・監督も務め、プロジェクト全体・予算・スポンサーなどの管理、選手の選抜・育成・戦略策定も担当し、日本の世界優勝二連覇を実現。
並行して大学生ダンサー向け就職支援サービス「ダンサーズキャリア」を立ち上げ、累計3,000人以上の就活生を支援。
また、個人の経営コンサルタントとして大手企業〜スタートアップまで30社以上の経営改善の実績も残す。
現在もダンサーとしての活動を行いつつ、日本のアマチュアダンスシーンの発展のために幅広く活動を行っている。

代表理事挨拶

「ストリートダンスを頑張りました」が、そのまま伝わる世界をつくる。

この連盟が存在する理由

私は慶應義塾大学在学中にストリートダンスを始めました。それまでは中学・高校とテニスに打ち込んできた人間ですが、高校時代にテレビでナインティナイン岡村さんがブレイクダンスをやっているのを見て衝撃を受け、学校全体で唯一ストリートダンスをやっていた同級生が廊下でブレイクダンスを見せてくれたことをきっかけに、大学に入ったらストリートダンスをやろうと決めていました。大学在学中は所属したRevolveというサークルの先輩に習うところから始め、更なる向上心から東京・大阪の有名ダンサーのもとに通い詰め、20歳のときにはストリートダンスの発祥国であるアメリカ・ロサンゼルスまでレッスンを受けに行きました。慶應義塾大学のダンスサークルでは担当ジャンルのリーダーを務め、学外の大会にも積極的に出場し、在学中に当時最大の大学ストリートダンス全国大会「Dance@live FINAL RIZE side」で慶應義塾大学として初の日本一を獲ることができました。

学業もダンスも全力でやり切った。悔いはない。そう思って臨んだ就職活動で、私は予想もしなかった言葉に直面します。

「ダンスって人口少ないでしょう。ということは競争率が低い。その中での優勝では、君が本当に頑張ったかどうか評価できない」

「君が頑張ったことが野球やサッカーだったら伝わるんだけど」

大きなショックでした。テニスもダンスも経験してきた身からすれば、ストリートダンスの大会で勝ち上がることとテニスの大会で勝ち上がることに難易度の差はありません。どちらも絶え間ない練習と情熱がなければ勝てない。競技人口が少ないのではなく、全競技人口を集約するための仕組みが存在していないだけだ。そう確信していました。

しかし同時に、2つのことに気づかされました。1つは、自分がこれほど努力してきたストリートダンスが、社会からこれほど低い評価を受けているという現実。もう1つは、日本の大企業の幹部がこのような偏見で人材を判断しているという現実です。

この日から、私の中に一つの問いが生まれました。

「ストリートダンスを頑張りました」と言って、そのまま理解してもらえる世界は、どうすれば作れるのか。

なぜ「スポーツ化」なのか

私の原体験は突き詰めると「ストリートダンスの中でも、バトルやコンテストといった競技の部分を、スポーツ・アスリートとして正当に評価してほしい」ということでした。つまり、私が掲げる「社会的価値の向上」とは「公式スポーツとして認められること」を意味します。では、スポーツとして認められるために何が必要か。私は何年もかけて、野球やサッカーの組織構造を研究しました。

そこで気づいたことがあります。メジャースポーツには共通して、中央競技団体の存在に加え、高校・大学・社会人にわたるアマチュア競技の体系が整っている。甲子園を運営する高校野球連盟、都市対抗野球を運営する社会人野球連盟、そして大学野球連盟。この3層構造が、競技者の人生を支えるキャリアパスを形成し、社会的な信頼と承認を生み出している。

ストリートダンスには、この構造がなかった。

だから私は、まず自分が当事者として最も思い入れのある大学から始めました。

12年間の歩み

2014年、全日本大学ストリートダンス連盟の原型となる組織と大会を立ち上げました。

当時の私にはビジョンだけがあり、それ以外はほとんど何も持っていませんでした。しかし「いつか必ず、ストリートダンスが公式スポーツとして認められる日が来る」という確信がありました。その日が来たときに、受け皿となるアマチュア競技の仕組みが整っていなければ意味がない。だから先に器を作ろうと決めたのです。

それから11年。全日本大学ストリートダンス選手権は年間動員13,000人を超える大会に成長しました。日本の大学生ダンサーの総数が推計約30,000人ですから、実に3人に1人以上が関わる大会です。決勝会場は国立代々木競技場第二体育館。ロッテ、Red Bull、Spotifyといった企業にスポンサーとしてご支援いただいています。

そして11年目、私がロールモデルとして見続けてきた「甲子園+熱闘甲子園」。まさにその制作に携わるテレビ朝日スポーツ局との出会いが実現し、全日本大学ストリートダンス選手権の決勝大会ドキュメンタリーの制作が始まりました。大会の「規模と質」を作り、その物語を「映像で届ける」。この両輪がようやく揃い始めています。

並行して、台湾が主催する大学ストリートダンスワールドカップでは日本代表チームのゼネラルマネジャー・監督を務め、選手の選抜・育成・戦略策定からプロジェクト全体の運営まで担い、日本の世界優勝二連覇を実現しました。

命を使い切るということ

少し個人的な話をさせてください。

私は福岡県北九州市で生まれました。祖父は中国東北部(旧満州国)で公務員をしていた人物です。満州国の解体と朝鮮戦争の混乱の中で家族と生き別れ、身分証も持たないまま日本に渡りました。かつて仕事でお世話になった日本人に頼り、居候から始めて中華料理店「小倉飯店」を開業し、事業を軌道に乗せました。

家族と生き別れて30年。祖父は当時の住所に手紙を送り続けていました。奇跡的に家族はその住所から引っ越しておらず、再び連絡が取れるようになりました。祖父が日本から送り続けた物資の豊かさに心を動かされた私の父は、日本への留学を決意し、3歳のときに生き別れた顔も知らない自分の父と、下関駅で30年ぶりに再会します。

父は九州工業大学に通い、小倉飯店の二代目を継ぎ、やがて中国に残っていた家族全員を日本に呼び寄せました。全員が日本で暮らし始めた後に、末っ子として私が生まれました。

祖父が日本で事業を興さなければ。手紙が届かなければ。父が日本に来なければ。この連鎖のどれか一つが欠けていたら、私はこの世に存在していません。

このことを知ったとき、自分の命が存在すること自体が奇跡だと思いました。であるならば、この命をどれだけ使い切れるか。私が死んだ後にも残り続ける仕組みを作り、その仕組みが次の世代の人生を少しでも良くするものであってほしい。それが、事業家としての私を突き動かす根源です。

これから

2024年のパリオリンピックでストリートダンスのジャンルの一つであるブレイキンが正式競技として採用されました。ストリートダンスの歴史上初めて、中央競技団体の枠組みが国際的に整備されつつあります。2009年から心に秘めてきた「公式スポーツ化」の風が、ようやく吹き始めています。

2026年6月、全日本大学ストリートダンス連盟は「日本アマチュアストリートダンス連盟」へと生まれ変わりました。高校・大学・社会人の3カテゴリーで全日本選手権を統括する「アマチュアリーグ」を発足させました。

将来的には、中央競技団体への加盟を通じた公式スポーツ化を目指しています。それが実現すれば、当連盟の大会がインターハイやインターカレッジと同格の位置づけとなることも視野に入ります。ストリートダンスのスポーツ推薦で大学に進学し、全日本選手権を戦い、社会人になっても実業団として競技を続けられる。そんなスポーツキャリアの道を、ストリートダンスにも作りたい。

あの就職活動の日から17年。面接室で感じた悔しさは、今も私の中で燃え続けています。

しかし今は、もう悔しさだけではありません。この12年間で出会った何千人もの学生たちが、全力でダンスに打ち込み、ステージで涙を流し、仲間と喜びを分かち合う姿を見てきました。彼らの情熱が社会に正当に届く世界を作ること。それが、この連盟のすべてです。

「ストリートダンスを頑張りました」
その一言が、そのまま伝わる世界を。

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